【短期集中連載小説】裏ステージの住人<第2話>【在仙小説家・根本聡一郎】

ウラロジ文学

 

<第一話はこちら>

別の世界へ入り込んでしまったのかもしれない。

二ヶ月ぶりに訪れた家電量販店の一階フロアを歩きながら、黒川はそう思った。

数か国語で繰り返される馴染みのアナウンスは鳴りを潜め、店内には、エスカレーターの稼働音だけが不気味に響いている。普段は色とりどりの自然風景を映している大型テレビも今は全て電源を落とされ、周囲には、真っ暗なディスプレイが墓標のように並んでいた。

『ようこそ、裏ステージへ』

ダークウェブの掲示板「たまねぎチャンネル」で見た投稿が、脳裏によみがえる。

感染症対策で営業の一部を自粛したフロアの様子は、RPGで「表のボス」を倒した後にだけ行ける「裏ステージ」のようだった。

元の世界で気さくに話しかけてくれた「キャラクター」たちは姿を消し、フロア全体が暗い雰囲気をまとっている。思い返してみると、今日すれ違った人々からは、以前街を歩いていた人たちとは少し違う「強キャラ」の雰囲気が出ている気もした。

上階へ続くエスカレーターに乗り、パーカーのポケットからメモを取り出す。メモの中心には、「不謹慎おじさん」が送ってきた画像を書き写したものがあった。

暗号は難解だったが、今の黒川にもひとつだけ意味の取れる単語があった。仙台で「西口」といえば、仙台駅の西口を指すことがほとんどだ。おそらくこの文字列は、西口にある何かを指している。

この暗号を解くためには、実際に西口へ行ってみるのが手っ取り早い。黒川は改めて自分にそう言い聞かせると、家電量販店から仙台駅東口のロータリーへと続く通路に足を踏み出した。

 

 

新緑の心地よい気候にも関わらず、ペデストリアンデッキの上には人が数えるほどしかいなかった。その光景に再び「裏ステージ」の雰囲気を感じつつ、メモを見返す。

「西口、8、右」

周囲に人が通る気配もないため、声に出してつぶやいてみる。

「西口」に「8」という数字がつながっているところを見ると、この文字列は「西口に8つ以上ある何か」を指している可能性が高い気がした。わざわざ「右」と書かれているところを見ると、「左」や「中央」もあるのかもしれない。

そこまで考えたところで、駅の正面出口のすぐ外に周辺地図を見つける。今は鳩にしか見られていない地図へ近づき、何かヒントになりそうなものはないか探しはじめた。

「……PARCOは、2が限界だもんな」

仮に「PARCO8」という建物があればこの暗号には丁度良かったが、さすがの仙台駅周辺もそこまでの再開発は進んでいなかった。

地図上ではめぼしい建物を見つけられず、そのままあてもなくペデストリアンデッキの上を歩きはじめる。タクシープールと駅一階入口、それに何だかわからないオブジェを見下ろせる対岸のデッキまで来たところで、視界の隅に気になるものが目に入った。

あの形状なら「あるもの」を隠すにも最適に見える。黒川は周囲を見回すと、一番近い階段へ向かって勢いよく駆け出した。

 

地下鉄へ続く階段のすぐ隣。コインロッカーに貼られているテープの文字を読みながら、黒川は思わず言葉にならない声を上げていた。ロッカーに貼られた黄色いテープに、『西口―2 左』の文字が印刷されている。そのフォントは、「不謹慎おじさん」が送ってきた画像と同じものだった。

「ここが2ってことは……」

自分の推測が正しかったことを確信し、大量に並ぶコインロッカーを順に確認しはじめる。駅から南に行くほど、ロッカーに貼られたテープの数字は増えていった。

『西口―8 右』

メモと目の前のシールを何度も見比べる。間違いない。暗号一行目の文字列は、鍵を使わずにSuicaや暗証番号で開閉ができる『キーレスロッカー』の場所を示していた。

中央に取り付けられた液晶画面をタッチすると、いま使用できるロッカーの番号が水色の背景で表示された。「1832」の上にあるロッカーだけが「使用中」となっていることに気づき、黒川は慌ててメモを見返す。

今、「使用中」と表示されているたった一つのロッカーの番号は「1831」。その番号は、暗号の二段目に書かれていた数字とぴったり符合していた。

おそるおそる「使用中」と表示された箇所に触れると、液晶が「取り出し操作」画面に切り替わる。

ご利用方法の選択

カギの種類を選んでください。

【Suica】    【暗証番号】

再び、液晶画面と暗号のメモを見返す。おそらく「不謹慎おじさん」の言う「あるもの」は、このロッカーの中にあるはずだった。取り出すために必要なのは「Suica」か「暗証番号」。一つ息を付き【暗証番号】をタッチすると、再び画面が切り替わった。

暗証番号の入力

レシートに印刷された暗証番号を
入力して「確認」を押してください。

ロケーション名:仙台駅西口1階-8番-右側

暗証番号:_________________

自分の記載したメモを食い入るように見つめる。
はじめは何の意味があるか全くわからなかった数字右端にある「:」の記号。同じ記号が「暗証番号」の隣にあるのを見つけ、黒川は唐突にその意味を理解した。

はやる気持ちをおさえながら、暗号の三段目にあった番号「796495」を押しこむ。「確認」のボタンをタッチすると同時に、カチリと小さな音が響いた。

唯一使用中になっていた「1831」ロッカーの扉が開き、赤いランプが点滅している。両腕に鳥肌が立つのを感じながら、黒川は今開いたロッカーの正面へと移動した。

一体、何が入っているのだろう。おそるおそる扉を開くと、スチール製のロッカーの中心にICカード「Suica」が一枚、ぽつねんと置かれているのが見えた。

周囲に誰もいないことを確認した後、カードを手に取る。持ち上げてみるとICカードの裏に大きさの違う付箋が二枚、貼りつけられているのが分かった。大きな正方形の付箋を剥がして見ると、表面にまた文字列が書かれているのに気づく。

「……なんだ、これ」

つぶやきながらもう一つの細い付箋を手に取ると、短いメッセージがあった。

『congratulation (´・ω・`)

 さぁ 次のステージへ進もう』

見覚えのある顔文字に、黒川は思わず苦笑する。

第一ステージクリア。心の中でそうつぶやくと、手にしたICカードをぐっと握り、駅の券売機へと歩を進めた。

<来週更新・第三話へ続く>

筆者紹介

 

根本聡一郎

福島県いわき市出身。仙台市在住。1990年10月20日生まれ。NPO法人メディアージ理事。東北大学文学部卒業後、NPO活動と並行して作家活動を開始。東北を舞台にした物語を中心に執筆活動を行っている。

著書に『プロパガンダゲーム』『ウィザードグラス』(双葉文庫)「宇宙船の落ちた町」(角川春樹事務所)などがある。

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