チャレンジクリエイター名鑑No.2でご紹介した、フリーライター・佐々木かいさん。
真面目でお硬いイメージを払拭し、苦手としている主観的な発信に挑戦していきたい……!というかいさんのやっぱりどこか真面目な思いを受けまして、ウラロジ仙台では、かいさんへの無茶ぶり企画「無茶ぶりクエスト」の連載をスタートすることになりました。
前回の更新はちょうど半年前の2026年1月16日。第1回に至っては2025年3月21日に投稿されており、すでに1年以上の歳月が経過しております。
これはかいさんの歩みが遅いというより、それだけ巡礼の道のりが険しいということでしょう。仙台三十三観音の巡礼に人生を極振りできるのならばいざ知らず、現代社会をなんとかサヴァイヴしていかないといけない我々のような人間にとっては、三十三観音の巡礼は1年以上かかってもまだまだ終わらないほどに過酷な道程なのです。社会人ってつらいなあ。
時間はかかってしまいましたが、今回も綺麗な写真とともに逆打ち巡礼の旅の記録をまとめてきていただきました。社会の荒波に揉まれながらも続く旅路、一緒に歩んでいきましょう。
いつまで続く、巡礼の旅(仙台市内)
「いつまでやっているんだ」という声が言われなくても聞こえてくる今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。今回は仙台駅東口エリアに点在する札所をどんどん巡ってまいります。
さて、前回までに巡礼を完了した札所は表の通りです。見やすさを重視して札所の番号順に並べていますが、実際には「下から上」に向かって巡りました。
| 番号 | 名称 | 所在地 | 巡礼日 |
| 第19番 | 皎林寺 | 若林区荒町 | 2025.10.25 |
| 第20番 | 円福寺 | 若林区石名坂 | 2025.10.25 |
| 第21番 | 瑞雲寺観音堂 | 若林区連坊二丁目 | 2025.4.19 |
| 第22番 | 保寿寺 | 若林区連坊小路 | 2025.4.19 |
| 第23番 | 松音寺 | 若林区新寺4丁目 | 2025.4.19 |
| 第24番 | 国分尼寺 | 若林区白萩町 | 2025.3.22 |
| 第25番 | 陸奥国分寺 | 若林区木ノ下2丁目 | 2025.3.22 |
| 第26番 | 両全院観音堂 | 若林区日辺 | 2025.2.16 |
| 第27番 | 満蔵寺 | 若林区上飯田3丁目 | 2025.2.16 |
| 第28番 | 円浄寺 | 若林区今泉2丁目 | 2025.2.16 |
| 第29番 | 祐善寺 | 若林区今泉2丁目 | 2025.2.16 |
| 第30番 | 高福院 | 若林区今泉2丁目 | 2025.2.16 |
| 第31番 | 落合観音堂(大善寺) | 太白区四郎丸 | 2025.2.16 |
| 第32番 | 常蔵院観音堂・十八夜観音堂 | 太白区長町1丁目 | 2025.2.16 |
| 第33番 | 鹿落観音堂(大蔵寺) | 太白区向山1丁目 | 2025.2.16 |
連載開始から1年半近くが経つんですね。慣れない自転車ですっ転んだり、薬師堂に薬王堂ができる妄想をしたり、ラスト1本のお団子を食べたり……いろいろな思い出が蘇ります。光陰矢の如し、ですなぁ。
この期間に、第三十三番の鹿落観音堂から第十九番の皎林寺まで、15か所を巡りました。
残るはわずか18か所!
……ん?
半分も巡れていない……だと!?
こ、こんなはずでは。事前のイメージでは長くても1年以内には巡り終えているはずでした。連載とは言え、さすがに引っ張りすぎです。元凶であるセブンイレブンアプリの話なんて、誰も覚えていないでしょう。
まだ巡礼を終えていない札所は次の18か所です。
| 第1番 | 法楽院観音堂 | 青葉区川内亀岡町 |
| 第2番 | 観瀧庵観音堂 | 青葉区新坂町 ※ |
| 第3番 | 資福寺観音堂 | 青葉区北山1丁目 |
| 第4番 | 永昌寺 | 青葉区新坂町 |
| 第5番 | 昌繁寺観音堂 | 青葉区新坂町 |
| 第6番 | 荘厳寺観音堂 | 青葉区新坂町 |
| 第7番 | 大願寺観音堂 | 青葉区新坂町 |
| 第8番 | 宝光院観音堂 | 青葉区本町1丁目 ※ |
| 第9番 | 満願寺観音堂 | 青葉区本町1丁目 |
| 第10番 | 善入院観音堂 | 宮城野区原町1丁目 |
| 第11番 | 仙岳院 | 青葉区東照宮1丁目 |
| 第12番 | 慈恩寺観音堂 | 宮城野区榴岡5丁目 |
| 第13番 | 金勝寺 | 宮城野区榴岡5丁目 |
| 第14番 | 大林寺観音堂 | 若林区新寺4丁目 |
| 第15番 | 愚鈍院観音堂 | 若林区新寺3丁目 |
| 第16番 | 成覚寺 | 若林区新寺3丁目 |
| 第17番 | 阿弥陀寺 | 若林区新寺3丁目 |
| 第18番 | 光寿院観音堂 | 若林区新寺3丁目 |
※「仙台三十三観音」成立当時の寺院が廃寺となり、現在は別の寺に祀られています。
多くの札所が似たようなところ(新寺/北山周辺)に集中しているので、簡単に巡れそうな気がしますよね。客観的には、私もそう思います。全国的に有名な「四国八十八ヶ所霊場」のお遍路さんたちからすれば、気楽なお散歩コースにしか見えないでしょう。しかし、地元であるがゆえの「行こうと思えばいつでも行ける」という甘えは(生来の先延ばし癖も相まって)想像以上に強敵でした。
正直、巡礼のペースはなかなか上がっていないのですが、今回はせめて記事の構成を少しライトにすることでサクサク進んでいるように見せかける作戦を取りたいと思います。
ということで、仙台市内でも特にお寺の多いエリアの一つ、若林区新寺にある光寿院からスタートです!

取材当日の新寺の風景。写っているのは三十三観音札所ではない。
18番札所
光寿院(こうじゅいん)
塚の物語る幕末の受難
当日はうららかな春の陽気で、桜も見頃を迎えていました。まさに巡礼日和!
最初に訪れたのは、第18番札所の光寿院です。お寺があるのは仙台駅東口から10分ほど歩いた閑静な一帯で、近くには仙台二華中学校・高等学校もあります。
光寿院は伊達政宗の祖父、晴宗の夫人「久保姫(栽松院。杉目御前とも)」が1579(天正7)年に開いたとされ、元々は福島県にあったとのこと。久保姫の護持仏である聖観音像が祀られています。

境内には、いわゆる「天保の大飢饉(だいききん)」で亡くなった人々を葬った「叢塚(くさむらづか)」があります。
天保の大飢饉は、大凶作に見舞われた1836(天保7)年を中心に数年間にわたって発生しました。夏の異常な低温や度重なる水害で米の不作が続き、大地震にも見舞われた仙台藩では数万人とも言われる餓死者が出たそうです。
叢塚は本堂の裏手にあり、訪問時は見つけることができませんでした。当時の人々を苦しめるにとどまらず、政治や地域社会にも深刻な影を落としたと言われる大惨事に思いを巡らせながら、本堂に手を合わせました。
17番札所
阿弥陀寺(あみだじ)
沼地の面影しのぶ「影沼観音」
阿弥陀寺は光寿院のすぐ北側にあり、参道の入口には大福や田楽餅などで有名な「延命餅本舗」さんが店を構えています。当日も混み合っていました。実は私、食べたことないんですよね……。

延命餅本舗(所在地:仙台市若林区新寺3丁目5−5)
こちらに祀られている聖観音像は別名「影沼観音」と呼ばれているそうです。江戸中期の新寺一帯は沼の点在する低い土地で、ある沼に観音菩薩の影が何度も浮かび上がったので水底を探したところ像を見つけ、お堂を建てて祀ったとされています。今はすっかり都会の風景が広がる新寺ですが、低湿地だったとはちょっと驚きです。
16番札所
成覚寺(じょうがくじ)
県指定文化財の観音像は伊豆出身!?
阿弥陀寺から2、3分ほど東に歩いたところにあるのが次の札所「成覚寺」です。開基は室町時代とされ、1600(慶長5)年に福島県から現在の場所に移されたと言います。

成覚寺の参道。立派である
観音堂に祀られている木造聖観音像は、仙台三十三観音の札所で唯一、宮城県の有形文化財に指定されています。飛鳥時代から奈良時代にかけて全国に仏教を広めた行基の作と伝えられ、高さは165cm。静岡県河津町の南禅寺に祀られていたものを大町(青葉区)の商人・高屋弥七の祖先が現地を訪れた際に頼み込み、仙台に持ち帰って奉納したと言われています。河津町は伊豆半島にあり、春先に濃いピンク色の花が咲く「河津桜」で知られる町です。ずいぶん遠くから来られたのですね……。
(高屋弥七がどんな人物だったのか気になっているのですが、定かな資料を見つけることができませんでした。ご存知の方はご教示ください!)
観音堂の傍らにはかつて沙羅双樹(ナツツバキ)の大木があったそうですが、現在は見ることができないようです。残念……。
なお、山門も3代藩主伊達綱宗の側室で「烈婦政岡」の別名でも知られる三沢初子の墓所(宮城野区榴岡)から移築されたもので、市の指定文化財です。
15番札所
愚鈍院(ぐどんいん)
調子に乗らず今日も「愚鈍」に
成覚寺からさらに東に進み、広い道路(市道宮沢根白石線)に出る角にあります。訪れた日も交通量がとても多く、近くでは高層マンションの建設も進められていました。
境内には仏教の起こったインドを思わせる小さな像がたくさんあります。かわいい。摩尼車(まにぐるま)もありました。
愚鈍院に祀られている聖観音は「桜塚観音」とも呼ばれており、桜にまつわる言い伝えがあるようです。縁起を読んだのですが、ストーリーのニュアンスをうまく説明できる自信が無く……。気になる方は調べてみてください。

訪れた日も桜が咲いていました
さて、「愚鈍」という言葉は見るからにネガティブで、お寺の名前としてどうなのだろう?と思う人も多いかもしれませんが、仏教用語としての「愚鈍」は、現代人の連想するニュアンス(知能が低い、勘の鈍い、など)とは少々異なるようです。
宗派によって解釈はさまざまあるようですが、総合すると、自分と謙虚に向き合い続ける大切さを説く文脈でよく用いられています。たとえ知識や経験の豊富な高僧であっても「自分は(仏智に照らしてみれば)愚鈍の身である」という自覚を忘れてはならず、「自分は賢い」「仏の教えを完全に理解している」と信じて振る舞う人(智者)ほど道を誤りやすい、という教訓は、仏教に限らず今の人間社会にも広く当てはまりそうです。
幼い頃に友達や周りの大人から「かい君は賢いね!」「博士みたいだね!」と言われて勘違いしてきた結果、大きくなってから身の程を思い知って苦労している私のような人、もし他にもおられましたら、一緒に頑張りましょうね……。

近くにあったつよつよタンポポ
14番札所
大林寺観音堂
カヤの大木に抱かれた静かな杜
サクサク行こうと思っていたのに、激重の文章となり失礼いたしました。今度こそサクサク進んでいきます。
愚鈍院からさらに東に進んだところにある大林寺は、「伊達三人衆」の片倉小十郎景綱で知られる片倉家、そして仙台出身の詩人で『荒城の月』を作詞したことで知られる土井晩翠の菩提寺として知られています。
境内にはカヤの大木がそびえ立ち、辺りは街中とは思えない鬱蒼とした空気に包まれていました。
観音堂に祀られているのは千手観世音像です。
荒城の月と言えば、サンモール一番町にあったからくり時計を思い出しますよね……ってそんな人も少なくなってきたでしょうか。
13番札所
金勝寺
にぎわいと隣り合う500余年の古刹

JR榴ヶ岡駅のすぐそば、仙台サンプラザホールの南隣にある札所です。1504(永正元)年の開基とされ、元々は南町(現在の青葉区大町1丁目、一番町1丁目周辺)にあったものを、城下町整備の変
遷・区画整理を経て現在地に移されたとのこと。
サンプラザと言えば有名アーティストの公演などでもおなじみで、向かい側のみやぎ生協榴岡店も多くの買い物客でにぎわっています。そんな身近なところに古くからの巡礼地を見つけるというのも、街歩きの面白さかもしれませんね。
観音像は本堂の中に祀られているそうです。また、光寿院にもある「叢塚」がここにも残されています。
12番札所
慈恩寺観音堂
メインストリートの角にも巡礼地
慈恩寺は、先ほど訪れた愚鈍院の末寺で、仙台駅東口から楽天モバイル 最強パーク宮城へと続く宮城野通と市道宮沢根白石線が交わる大きな交差点に面しています。専門学校に掲げられているワンチャンの看板に見覚えのある方もおられると思いますが、そこの隣です。火災で資料が消失したため、詳しい歴史は不明なのだとか。
あまりにも開放的な境内には池があり、鯉(金魚?)の泳ぐ姿も見られました。
今回はここまで!
えー……残念ながら今回巡れたのはここまでです。次の11番札所「仙岳院」からは次回以降の宿題となります。結構進んだような気がする一方、今回巡った札所は徒歩圏内に集中していたので次からは難易度が少々上がり、時期的に夏の暑さもネックになりそうです。
もはや何回かに分けて巡っている場合ではなく、どこか一日しっかり時間を作って完走したほうが(連載としても精神衛生にも)良いような気がしてきました。
何はともあれ次回の更新をお待ちください。それでは。
参考文献
NPO法人楽遊ネットワーク宮城『仙台の三十三観音巡り専用御朱印帳』https://nporakuyou.web.fc2.com/
仙台市若林区
寺めぐり「新寺あたり」
https://www.city.sendai.jp/waka-katsudo/wakabayashiku/machizukuri/miryoku/terameguri/shintera.html
近藤純正「東北地方に大飢饒をもたらした天保年間の異常冷夏」, 公益社団法人日本気象学会(1985)
https://www.metsoc.jp/tenki/pdf/1985/1985_05_0241.pdf
佐藤大介「18~19世紀仙台藩の災害と社会 別所万右衛門記録」, 東北アジア研究センター叢書 第 38 号(2010) , 東北大学東北アジア研究センター
https://tohoku.repo.nii.ac.jp/record/130732/files/Toh-Asi-Ken-2010-38-00.pdf
宮城県「県指定有形文化財(彫刻)|仙台市若林区|成覚寺蔵」https://www.pref.miyagi.jp/soshiki/bunkazai/13syoukannon.html
真宗大谷派 東本願寺「【教えにふれる読み物(今日のことば)】仏智に照らされて初めて愚鈍の身と知らされる」
https://jodo-shinshu.info/2020/04/21/21441/
web版 新纂浄土宗大辞典「愚鈍念仏」https://jodoshuzensho.jp/daijiten/index.php/%E6%84%9A%E9%88%8D%E5%BF%B5%E4%BB%8F
曹洞宗森城山大林寺
https://dairinji-sendai.jp/
若林区・太白区をぐるりとまわり宮城野区、そして青葉区へ。郊外から都心へ向かう逆打ち巡礼の旅
今回は新寺から榴岡にかけて、7つの札所を回ってきていただきました。
若林区から宮城野区の市街地に入ってくるこの感じ、なんだか言いようのないノスタルジーを感じる。郊外と都会が地続きなんだと実感させられる……知っている町と町はそれぞれぽつりと孤立して存在しているんじゃなく、全部地続きになっていると突きつけられる、っていうか。「用事のあるエリアを個別に公共の交通機関で訪れる」日常では味わえない感覚を追体験させてもらえるのも巡礼の旅の良さですね。
前回は「冬の仙台は巡礼するには過酷すぎる」ということで取材が延期されていた仙台三十三観音逆打ち巡礼の旅ですが、今度は逆方向に過酷な夏がきてしまいます。無茶ぶりがテーマといえど健康第一、無理はしない程度の無茶をしつつ、また旅を続けてもらいましょう。
巡礼の旅もいよいよ後半戦。酷暑を無事に乗り越えてまた次回、第11番札所仙岳院でお会いしましょう。
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著者紹介
佐々木かい(ささき・かい)
フリーの聞き手・書き手。1990(平成2)年、仙台市生まれ。地方新聞社の記者、社会福祉法人の広報職などを経て現職。主に地元企業の人材採用や情報発信のお手伝いなどに面白さを感じています。【急募】仕事と同じくらい楽しいこと【服装自由】
執筆:佐々木かい
編集:S






