ウラロジ仙台編集部の「トリセツ」って?
トリセツとは、ウラロジ仙台編集部のメンバーの「取扱説明書」の意。
ローカルな話題にとらわれず、編集部メンバーの紹介や個人的な趣味の話題などにスポットを当てていくコーナーです。
担当している企画やSNSからは伝わらない、編集部メンバーの別の顔、新たな一面を楽しんでいただければと思います!
今回取り上げるのは、ウラロジ仙台・編集長の恐山・R・クロフォードさん。
ウラロジ仙台というメディアを立ち上げた張本人のひとりであり、黎明期もひとりでウラロジを支え育ててきた、まさにウラロジ仙台の顔とも言うべき人です。
ウラロジ読者の皆様からすると変なこと面白いことばかりしている人というイメージが強いかもしれませんが、ウラロジ仙台の編集長として活動する他にも、一般社会人のコスプレをしてライターや編集者をやっていたり過去の経験を活かしてイラストのお仕事をしていたりと、多方面で活躍中のすごい人なのです。
今回は恐山Rさんのパーソナルな一面やウラロジ仙台を立ち上げるに至った経緯、今のような活動をはじめたルーツについて、ていうか恐山・R・クロフォードのクロフォードって何?等々、色々なお話を伺ってきました。
折しも本記事の更新日2月3日は、恐山Rさんの誕生日!
誕生日記念の超特大インタビューとして、お楽しみいただければ幸いです。
「つくる側」から「支援する側」へ
恐山R:じゃあまずは、自己紹介からですか。
──そうですね、文字起こしソフトの精度が微妙だって話は一旦おいておいて。
恐山R:いかにもライター同士って感じの脱線の仕方しちゃった。恐山・R・クロフォードです。
──RはらむねのRですよね。ミドルネームなんだ。
恐山R:まがりなりにもウラロジ仙台の編集長をやっています。
──編集長以外だとどんなことをしてるんでしょうか。
恐山R:何してるんでしょうね。(笑)って感じですけど。
──これ私も案外知ってるようで知らないんですよね。恐山Rさんって一体何者なんですか?
恐山R:まずライターをやってます。インタビューが得意で、取材に行って記事を書いたり。記事と一緒にデザインの仕事もまとめて頼まれたりもします。
──私が恐山Rさんの存在を知った頃は、イラストレーター的な活動も多かった気がするんです。その辺りは今はお休み中ですか?
恐山R:お休みまではいきませんが、隠居に近いですね。20代前半くらいまでは「私の絵を見ろ」っていう気持ちが強かったんです。今はむしろ、自分が創作するよりも活動しているクリエイターさんの応援をしたいって思うようになりました。パトロン的な支援は難しいですが、自分と関わっておしゃべりすることで、ちょっとしたガス抜きにもなればいいなあと。一緒に作品をつくろう、面白いことをしようというのでもいいですし。お客さんというよりはクリエイターさんに寄り添うような……キュレーターさんともまたちょっと違うんですが。自分が今まで辿ってきたこと、私が途中でやめてしまったというか、違う方向へシフトしてしまったことに今も携わっている人たちってたくさんいるから。そういう人たちに寄り添う側でありたいなというのはありますね。
──この間個展やってましたもんね。同じような立場の人、理解度の高い人と話せるだけで嬉しい部分はありそうです。
恐山R:だと嬉しいですね。その辺りも仕事に反映させていけたらいいなあと。徐々にですが。
──先日の個展は、クリエイターとしての活動の集大成というか、一区切りするような意味合いもあったり?
恐山R:言ってることが二転三転してしまうんですが、実は個展の準備をしているときは「私まだまだやれるじゃん」て思ってたんですよ。
──あれっ。
恐山R:「支援側に回っちゃおうかな」っていう気持ちは元々あったんですが、大学時代の先輩に、石巻のアートドラッグセンターで、押入れを利用したスペースを使ってミニ個展をやってみないかと誘ってもらって。そのときちょうどやりたいテーマもあったのでお話を受けてみたんです。
▲2022年2月にART DRUG CENTER内スペース・ワクチンで開催された恐山Rの個展『みつめるノイズ』の展示の様子。押入れを活用したユニークな展示スペースに、数々の作品が並べられています。
──どうでした?個展をやってみて。
恐山R:楽しかったです。でも、やっぱり自分は「こっち側」の人ではないのかなと。自分の中ではいいものがつくれたかなと思ったんですが、なんか、最前線ではないなって。絵が嫌いだからもう描かないってことではないし、お仕事だったり、何かしらの機会があればまたやるかもしれないけど……若い頃のように、自分が自分がって前に出るようなことはしないだろうなと。
──なるほど。
恐山R:石巻市内の若手のアーティストの作品を見ていて、「自分にはここまでできないな」と思ってしまったんですよね。一旦そう思うと、むしろ、今まで東京のグループ展を見に行ったり自分も出展したりしてたのによくうちのめされなかったなと。有名になってやるとか食えるようになってやるとか、よくそんな風に気持ちを強く持ててたなあって。あと、土井波音さんと平野将麻さんの『Yin-Yang』展っていう二人展があったんです。石巻市街地エリアにあるふたつのギャラリーをまたいでやる二人展。それがすごくよかった。ちょうど私がやりたかったようなことを、余白を残した形でアウトプットしていて。「こんなこと私にはもうできない」と思った。なまじデザインをかじっちゃったからかもしれないですね。
──デザインって、見る人に余白を与えられないですもんね。コンセプトやテーマを最短距離で伝えるような……アートとはちょっと違う。
恐山R:宮城県で活動している中で、私の絵ってカテゴライズされにくかったんです。アートともイラストとも漫画ともつかない。それに長年悩まされてきたので、今は「そういう気持ちがわかる人」「悩みや困りごとがあったら助けてあげられる人」になれたらいいなと思っています。
──カテゴライズされにくいって悪いことじゃないと思いますけどねえ。
恐山R:それできつい経験も色々しましたよ。イラストの勉強をしたいと思って、とある東京の画塾に見学だけでもとお願いしたら「あなたの絵は漫画だからうちでは教えられない」って言われて。それでも無理を言って見学させてもらったんですが、ポートフォリオを見せたら他に30人くらい生徒がいる中で酷評されて。
──恐ろしい世界だあ……。
恐山R:コミックイラスト系の専門学校の見学にも行ったんですけど、そこでも「いい絵ではあるけどコミックイラストではない」って言われたり。かといって絵画系の素養もないし……でも、こういう経験が誰かの役に立てばいいなあと今は思いますね。仕事・プライベートかかわらず。
──紆余曲折があったんですね。
恐山R:へらへらしてるんで悩みなさそうとか言われるんですけど、結構葛藤はありましたねえ。
──悩みなさそうどころかかなり壮絶ですよね。自分の好きなもの・得意なものをもっと学ぼう、伸ばそうとして行動を起こしてるのに……技量が足りないって指摘されるんじゃなくて、門前払いみたいな感じじゃないですか。
恐山R:今考えてみると、私の場合は絵を描き始めたきっかけがキャラクターを扱った現代美術だったので、門前払いされたのも仕方ないのかもしれないですね。イラストの領域に興味が向いてからは、自分ではイラストのつもりで描いてたんですけど……ベテランの方からは「漫画賞にでも応募すれば?」みたいに言われちゃったり。今イラスト名鑑見てみると、コミック系のタッチの人もたくさんいるんですけどね。
▲恐山Rさんが実際にお仕事の際に使用したという、イラストのテイスト提案表。コミック的なタッチのイラストからよりシンプルで軽やかな雰囲気のものまで、細かく描き分けられています。
──やっぱり世代ごとに認識が違うのかなあ。
恐山R:かもしれないし、私が行ったところが悪かったのかもしれないし。私みたいに、領域的にふわふわしたタッチの絵を描く人が育ちにくい環境になってしまってる部分はあるのかなと思いますね。さっき話した東京の画塾では「180度違うものが描けるようになったら来て」って言われました。
──それを描けるようにお前が教えるんだろうがって感じだな。
恐山R:ね。それまでの自分を全否定されて……そういう昔の経験と改めて打ちのめされたことが重なって、「立ち位置を変えてみるのもいいかな」と思えました。
ウラロジ仙台立ち上げの経緯
──業界の悪口はこれくらいにしておいて、ウラロジの話もしましょうか。今回何と言ってもウラロジ仙台の記事なので。
恐山R:はいはい。
──やっぱり恐山Rさんはウラロジ仙台をつくろうとした人じゃないですか。そのきっかけというか、原動力はどんなところにあるのかなと。我々は所詮後から参加しただけの下っ端ですから、その辺はあんまりわかってないんですよね。
恐山R:いやいや、編集部のみんながいてくれて本当に助かってますよ。自分の作業量的にもだし、今の体制になってからは「こういうことがしたい」っていう姿勢を示せるようになったのがすごくいいと思ってて。昔は走りながらやっていくしかなくて、しんどい時期もあったので。
──確かに。昔、自分が参加した直後くらいに打ち合わせでお話したときと比べるとだいぶ余裕というか、出てきましたね。
恐山R:そうなんですよねえ。……なんだっけ、ウラロジをはじめたきっかけだっけ?
──そうですそうです。元々はせんだいマチプラで記事を書いたりしてたんですよね。
恐山R:昔編集プロダクションの下っ端をしてたんですよね。雑用兼ライターみたいな感じで。それがきっかけで「自分のオリジナル記事を書けるところないかな」って探して、たどりついたのがせんだいマチプラです。それで生まれたのが「ヤバイ!?物件屋さん」ていうシリーズ。
恐山R:まあせんだいマチプラでは浮いてましたね!
──私は「ヤバイ!?物件屋さん」からせんだいマチプラを知ったんですよ。だから他の記事もみんな同じようなノリなのかなと思ったら、全然そんなことない。グルメのレビュー記事とか、新しいお店の紹介とか。
恐山R:うん……でも、当時マチプラで漫画っぽく食レポしてる方がいたんです。「あ、このサイトってイラストを描いてもいいんだ」と思って、それで応募したんですよね。まあ自分がやりたかったのは面白そうなお店に突撃したり、ぶっちゃけ話を取り上げたり……。
──ひとひねりあるような紹介の仕方でね。
恐山R:せんだいマチプラの編集長のキッドも、ロケットニュース24とかオモコロみたいなことも好きな人で。「マチプラのサブチャンネルみたいな感じでやらない?」って話を持ちかけられて生まれたのがウラロジ仙台です。
──自分からじゃなく、お話をいただいたって感じなんですね。
恐山R:そうですね。だから最初は二人三脚で立ち上げまでこぎつけたって感じです。サイトの名前考えたりロゴつくったり……だからウラロジ仙台の定礎にはキッドの名前があるべきなんですよ。一応後援っていう形で表記してあるんですけど……つくるか、サイトの下部とかに。せんだいマチプラ・キッド、ここにウラロジを建てる、って。石碑みたいなやつ。
──ぜひつくりましょう、キッドさんを称えるページを。
▲恐山Rさんによるせんだいマチプラ編集長・キッド氏のイラスト。風邪ひきそう。
──元々せんだいマチプラで恐山Rさんが書いていたような記事に特化した姉妹サイトをつくろう、ということではじまったウラロジ仙台ですけども、どうですか?現状。
恐山R:課題はまだまだたくさんありますが、一時期よりはずっと良くなったかなと思います。編集部のみんなも外部のライターさんも、それぞれ「こういうことをしたい」っていう志を持って入ってきてくれて……一緒に盛り上げていく仲間もだんだん増えてきて、ちまちまと、匍匐前進くらいの速さで、良い方向に進めているなと。
──亀の歩みながらもね。
恐山R:そう、千里の道も一歩からですから。それと、どんなことをしたいメディアなのかを明確にできるようになったのがいいなと思います。「仙台のサブカルチャーを取り上げます」ってざっくり表現してると、アニメとか漫画の話かな、という印象がどうしても強くなっちゃう。今はもっとわかりやすく、「宮城マスター検定っていうマニアックなご当地検定に挑んでます」とか「東北でも原宿系ファッションを気軽に楽しんでもらえるようなコンテンツを発信してます」とか、言えるようになったじゃないですか。
──たしかに、メディアとしてのカラーがだんだんはっきりしてきたように思いますね。以前は恐山R色のメディアってイメージがあったけど、最近は編集部メンバーそれぞれの色が出てきた感じ。
恐山R:強いて言えば、もっと変なとこにいってもいいかなって思ってる。
──もっと変なことしますか。
恐山R:変っていうか、もっとエッジが利いたこと。これまで踏み込んだことのないような領域へ、っていう。
サブカル天国創造主、恐山Rのサブカル遍歴
──さっきもちょっと話が出ましたけども、ウラロジ仙台って一応サブカル寄りのメディアということになってるじゃないですか。地下道-3150も河北新報さんに「サブカル天国」って紹介してもらったし。
青葉通地下道がサブカル天国に 仙台・あす8日から 雑貨や洋服、同人誌など販売 https://t.co/W7V8fh5RbS
— 河北新報オンライン (@kahoku_shimpo) October 6, 2022
──サブカル天国を創造した我々としてもね、恐山Rさんのサブカル遍歴を伺いたいなと。
恐山R:うーん……KERAが先かふみコミュが先かわからないんですけど、サブカルへの入り口はそのどっちかですね。ふみコミュでKERAを知ったのか、KERAを知った後にふみコミュにたどりついたのか……。ふみコミュっていうのはガールズトーク的な方向に特化したコミュニケーションサイトで、その中のロリィタとかV系の板で好きなファッションの話をしてたんです。どこのメゾンのパニエがいいとか、ここのはやめておいた方がいいとか、そういう情報交換をしてたり。それと同じくらいの頃からKERAをチェックするようになって。小6か中学生くらいの頃かな。
1998年から2017年までは紙媒体で発行されていた原宿系のファッション誌。ゴスやパンク、ロリィタをはじめとしたストリート系ファッション及びカルチャーに特化していて、ヴィジュアル系バンドとのつながりも深く、サブカルファッションを語る上では外せない雑誌です。現在はデジタルマガジンとして、オンラインでコンテンツが公開されています。
恐山R:でも本当の本当にいちばん最初のきっかけは、小4か小5のときに憧れてた先輩ですね。
──小学校の先輩ですか?
恐山R:うん、同じ学校の。ロリィタとかゴシックが大好きで、とにかくおしゃれなサブカル女子って感じの人でした。ポップンミュージックが上手くて絵も上手で、まさにオタク女子が憧れるような。すごく線が細くて大人っぽかった。小学生の頃って、みんないわゆる子供服を着てるじゃないですか。でもその中で、ひとりだけ黒のシャツワンピを着てたりして……左右で違う色のボーダー柄ニーハイを履いてたり。周りとは全然違う雰囲気。
──そんな中村明日美子作画みたいな人ほんとにいるんだ。
恐山R:その先輩の影響があって、KERAとかふみコミュとか見はじめたんだと思います。中学校に上がってからもたまに見かけていたんですけど、みんなと同じダサい制服なのにその人が着てるとかっこよく見える。ヘアスタイルもすごくモードな前下がりボブで、アンニュイな雰囲気で……。
──漫画じゃん!
恐山R:ね。すごく影響を受けたと思います。その先輩への憧れから色々自分でdigってあれこれ見るようになって、いろんなところにたどりついていった。たとえば私、丸尾末広が好きなんですけど、それもKERAのストリートスナップによく載っていた奇ャサリンさんっていう人のブログから知って。そうやって世界が広がっていった。サブカル系ファッションの入り口はその辺りですね。
大正から昭和初期のニュアンスを感じさせるタッチが人気の漫画家・イラストレーター。水玉模様のワンピースがアイコニックな少女・みどりが主人公の『少女椿』は、海外でも高い人気を博しています。
──自分でdigれるっていうのはサブカルを好きになる人の特徴かもしれないですね。口を開けていれば勝手に入ってくる流行りものと違って、自分から探しに行かないと見つけられない。ファッション以外のジャンルについてはどうですか?
恐山R:漫画とかアニメとかで言うと、久米田康治先生がデカいですね。
皮肉っぽく社会風刺的な作風が特徴の漫画家。『かってに改蔵』『さよなら絶望先生』で見られる独特の画風も高い評価を得ています。他の漫画ではなかなか見られない特徴的な擬音もかわいい。めるめる。
──久米田康治ファンだったんですね。
恐山R:好きでしたね、『かってに改蔵』。きっかけはたぶん……私腐女子だったので、当時ファンロード読んでたんですけど。
──ファンロードなっっっっっつ。
1980年創刊のアニメ雑誌。現在のようにインターネットを通じてファンアートを公開したりオタク同士交流したりすることが難しかった時代、アニメや漫画、ゲームなどのファンであるサブカルオタクたちの投稿・交流の場としてファン活動を支える存在でした。幾度かの休刊や復刊、紙媒体から電子版への移行などを経て、現在は編集長K氏によるメールマガジン「ファンロード的描く載る食べる」にその名前が残っています。
恐山R:ファンロードで当時漫画ルポを描いてた方が改蔵のオタクで。それきっかけで知って読みはじめたのかなあ。
──当時の人気タイトルですしね。
恐山R:『かってに改蔵』とか『さよなら絶望先生』って、斜に構えたような作風じゃないですか。ブラックジョークも多いし。そういう漫画を読んでて、小学生のときからこじらせちゃった。
──ひねくれ者が育つ土壌が出来上がってるなあ。
恐山R:『かってに改蔵』は作画の変遷も面白いんですよね。初期は『行け!! 南国アイスホッケー部』の雰囲気が残ってるんだけど、後半は『さよなら絶望先生』のときみたいな、あの独特の絵柄になっていく。久米田康治先生のね、ルーズソックス表現が最高なんですよ。
──なんというか、あの……記号化された感じのね。でも恐山Rさんの好きな漫画といったら『AKIRA』のイメージが強いんで、ちょっと意外でした。
▲たき火ティーの方々に金田本人と思われていた恐山Rさん。
恐山R:『AKIRA』はね、わりと最近ですよ。ずっと気になってはいたんだけど、ちゃんと見たのは数年前に映画館でアニメをやってたとき。それでかっこいい!って思って漫画も読んで、センス良すぎる……って。だから実は結構浅いんです、大友克洋周りは。イラストはずっと見てて、かっこいい絵を描く人だってことは知ってたんですけどね。
──じゃあサブカルの入り口としては、ファッションと漫画・アニメらへんなんですね。
恐山R:そうですね、根っこの部分はそう。転換期は中2くらいの頃、美少女アニメとラノベにはまった頃かもしれないです。完全に厨二病。
──王道の流れだ。
恐山R:それまでは結構少年漫画を中心に読んでたんだけど、中学生のときに覚醒しちゃったんだよな。涼宮ハルヒシリーズとか灼眼のシャナとか……いとうのいぢ先生のイラストが好きで。
00年代のラノベブームを牽引する存在だった「涼宮ハルヒシリーズ」、そして「灼眼のシャナ」シリーズ。挿絵担当イラストレーター・いとうのいぢ氏を一躍有名にした作品でもあります。原作が大人気だったのはもちろん、アニメもめちゃくちゃ流行っていました。ちなみに後述の畑亜貴氏は、キャラソンをはじめとした涼宮ハルヒ関連楽曲の作詞も多数手掛けています。
恐山R:あとあの頃って、涼宮ハルヒのアニメの後番組が『らき☆すた』だったんです。そこでかわいいの暴力を一気に浴びちゃった。その頃からアニソン史的にも激動の時代がやってくるんですよ。
──畑亜貴の時代がね。
恐山R:そう!この間ストック用の記事にも書いたけどハピマテとかマクロスとか、当時の音楽シーンにも影響があったんじゃないかな。あの頃は本当に、かわいい女の子が出てくるアニメと関連コンテンツに熱中してましたねえ。ラブコメとか日常ほのぼのとか。まあハルヒはどっちかっていうとSFだけど。
──ニコニコ動画の最盛期に流行ってたものにちゃんとはまってる感じだ。あの頃は楽しかったですね~……。
恐山R:すぐ懐古厨になっちゃう。
──ShimMyanさんのときと同じ流れだな。
──ファッションでも漫画やアニメでも、ある種マイナーなものに惹かれる下地っていうのはその辺りにあるわけですね。お話聞いてると、こだわりが強めで流行にあまり左右されないっていうのはどのジャンルの好きなものにも共通している部分だなと思いました。
恐山R:そこからさらに派生していきましたしね。高校生になって仄暗い邦画を観るようになったのとかもそう。『リリイ・シュシュのすべて』とか。もう今誰もリリイ・シュシュの話してないけど。
──私は未だに空虚な石聴いてますよ……。
▲2001年公開の映画『リリイ・シュシュのすべて』に登場する歌手、リリイ・シュシュによる楽曲。作中に登場するリリイ・シュシュのファンサイトは実在しており、サイト上の匿名掲示板も実際に利用できるという現実とのリンク性も話題となりました。2023年現在も、掲示板には新しい書き込みが増え続けています。
──もうああいうニュアンスの暗い映画って、邦画では出てこないんですかねえ。私が知らないだけかな。
恐山R:あんまり世間に求められてないのかもですね。私は心がえぐられるようなものを見て落ち込むのも好きなんだけど。
──猫子さんも言ってたけど、ゴスとかロリィタってファッションのテイストだけじゃなく世界観とか思想の側面もありますもんね。映画とか音楽とか、他のカルチャーについての趣味もそっち寄りになっていきがちというか。嶽本野ばらもロリィタは精神性って言ってたし。
恐山R:そうそう。KERA読んでたら絶対一度は通りますよね。あとヤン・シュヴァンクマイエルの『アリス』は衝撃だったなあ。いやでも、映画ファンの間ではメジャーか。
──まあヤン・シュヴァンクマイエルの名前を出すのは映画オタクかサブカルオタクしかいないと思うけど。
恐山R:せんだいメディアテークに映像が色々あったんですよね。シュヴァンクマイエルは1作だけだったと思うけど、結構面白い映像作品のVHSとかあって、よく借りて観てました。あと寺山修司とか。私、寺山修司氏も好きなんですよ。
──名前も寺山修司由来ですもんね。恐山。
▲動画撮影時に用意されたけれどボツになったつかみの一部。亡き母の真赤な櫛を埋めにゆく恐山には風吹くばかり……。
恐山R:そう……そうじゃん、大事な寺山修司先生の話をしてなかった。高校生のときに『田園に死す』を観たのが最初かな。で、高校の図書館に『ひとりぼっちのあなたに』シリーズの3冊だけあったんです。それを借りてずっと読んでた。
──わかるな~。学校の図書館って、たまに検閲をかいくぐったやばい本が置いてあるんですよね。どの棚にあったかまで覚えてる。
恐山R:寺山修司ってやっぱり詩集とか戯曲とか、その辺りから入る人が多いと思うんですけどね。『毛皮のマリー』とか。でも高校の図書館にあったやつはマイナーだったのか、有名な作品と違って本屋さんではあまり見かけなかったんですよ。だから逆にその、マイナーどころから入れてよかったなとも思う。有名な著作については後から自分で買いましたし。
──偶然の出会いからはじまってどんどん自分でdigっていくっていう、そのマインドがウラロジ仙台にもつながってくるのかもしれないですね。でもなんか、ずっと続いてるその流れの中に唐突に遊戯王が出てきますよね……?週刊少年ジャンプで連載されてたしほんとに、超メジャーなタイトルで……。
恐山R:遊戯王は純粋に、サブカルとかメインストリームとかそういう垣根を越えて、名作。
──そりゃそうなんですけど。
恐山R:私、体調崩してた時期があったじゃないですか。2020年の冬、これから頑張ろう!ってときに。体制の見直しも必要だってことでしばらく休止期間にしていたけど、実は体力的にも精神的にも燃え尽きていて。フィジカル面で言うと腰とかもやばくて、喫煙所で立ってるのもつらかった。
──死活問題だ。
恐山R:ウラロジにもせっかくチームでやっていく仲間が集まってきて、まさにこれからってときに動けなくなっちゃってメンタル的にも落ち込んでいた時期だったんです。その頃に、ふと思い立ってデュエルリンクスをやってみようと。
簡単な操作で誰でもバトルが楽しめる、遊戯王のモバイルアプリ。オンラインで対戦できるので、対面バトルはハードルが高く感じる初心者でも気軽にプレイできます。ちなみにsteamでも配信されているのでパソコンでもバトルできるぞ!
恐山R:それまでも漠然と「遊戯王のカードゲームしてみたいな」と思ってはいたんです。で、手軽にやれそうなデュエルリンクスをはじめて……そこで海馬社長に出会って。
▲海馬社長のタオルにくるまり佇む恐山Rさん。
──海馬社長はさすがに、遊戯王読んだことない私でも知ってるな。
恐山R:最初の印象は「うるせえ」だったんですよ。マジうるせえと思って。台詞に勢いもあるし偉そうだし、常に強気だし。それで気になって社長について調べて、漫画とかアニメとか見てみたら、「こいつ私が持ってないもの全部持ってる」ってわかって。それで今は大好きになったんですけど。
──少女漫画じゃないですか。彼ってこういう人だったんだ……って知るほどにマイナスイメージが好意に変わっていくやつ。
恐山R:今となっては一緒に自撮りするような仲ですよ。
▲仲睦まじい様子の恐山Rさんと海馬社長。
恐山R:社長を見てて、自分もこれくらい強気でいかなきゃと思ったんです。社長ってああいうキャラだけど、結構抜けてるところもあるんですよ。遊戯への復讐の動機も結構しょうもないし、復讐のためだけに死のテーマパーク「海馬ランド(DEATH-T)」をわざわざつくるし、そこまでしても負けちゃうし。でもそのめげない姿勢に勇気をもらったんです。つまり遊戯王は神。
『遊☆戯☆王』DEATH-T編に登場する遊園地。海馬社長が開発した「バーチャルリアリティー」を活かしたアトラクションが楽しめるテーマパーク……なのですが、それはあくまで仮の姿。海馬ランドの正体は遊戯たち主人公一行を抹殺するためにつくられた死のテーマパーク「DEATH-T」であり、マジで人を殺す気満々の物騒なアトラクションが揃っています。
──なるほど。弱ってるときに出会って、社長の強気でめげない、かっこいい姿勢に励まされたってことですね。
恐山R:自らの手で運命を切り拓いていくところが好きって書いておいてください。
──でも現HNの由来は全然海馬社長ではないですよね。
恐山R:全然違いますね。ペガサス・J・クロフォードっていうキャラがいるんですけど、その人が個人的にツボで。
『遊☆戯☆王』決闘者の王国編のラスボスとして登場したキャラクター。海馬コーポレーションを譲り受けるという目的のため遊戯を倒そうとします。アメリカ出身であり、英語混じりの独特の日本語をはじめとしたどこかコミカルなキャラ造形、とんでもない強さ、悪事の裏にある切ない過去……などなど、属性盛られまくりの人気キャラのひとりです。
恐山R:ミドルネームもあるし、元々のHNも残して新しくするのにちょうどいいなと思って、彼の名前をもじって恐山・R・クロフォードを名乗っています。海馬らむねは厚かましいなというのもあります。これから見果てぬ先まで続くオレたちの闘いのロードが続いていくので。
今後の展望はウラロジ仙台の「村化」
──恐山Rさんの個人的なお話を中心に伺ってきましたが、ここからはウラロジ仙台編集長としてのお話も聞かせてください。今恐山Rさんが編集を担当しているコーナー「活躍びと探偵団」のこととか。
恐山R:地下道-3150のときに取ったアンケートでも面白い人へのインタビューが結構求められているのがわかったので、今後もっと動かしていきたいですねえ。
──活躍びと探偵団で取り上げる方って、どういう基準で選んでいるんですか?
恐山R:アレク様によると、「裏がありそうな人」。
──裏が。
恐山R:加藤山羊先生でいうと、漫画家としての顔の他に、毎日忙しく過ごしている母親としての一面もある。アニメイクのYUIさんは、美容師としても活動している。そういう方に目星をつけて突撃しているらしいです。
──本業があったり母親として忙しくしていたりする一方で、面白い活動やお仕事にも精力的に取り組んでいる、いい意味で二面性や意外性のある方を取り上げているわけですね。今後もこちらのコーナーには乞うご期待ということで。他の企画についてはどうですか?
恐山R:うーん……自分が担当しているものはもちろんですけど、他のメンバーがやってる企画にも全部思い入れがあるからなあ……。
──継続してる企画だけじゃなく、単発であげてる記事もたくさんありますもんね。
恐山R:単発記事でいうと、やっぱりタコで凧揚げは面白かったですね。東北大学の学生さんに全面的に協力してもらって。
恐山R:学生さんと関わる企画っていうのは、今後も続けていけたらいいなと思いますね。
──2022年も立て看同好会さんやpompadourさんに協力していただきましたね、色々と。
恐山R:偶然だけど、機会に恵まれましたね。ウラロジ仙台と関わったことが「変な大人がいたなあ」っていう思い出になってくれたらいいな。凹んだときに我々のことを思い出して、「100%しっかりしなくてもなんとかなる」って肩の力を抜いてもらえたら嬉しい。
──我々も若い頃は、変なことを続けてくれてる大人に救われてきましたからね。
恐山R:オーケンのエッセイとか本当に元気出るしな。
──ウラロジ仙台としては、今後の目標とかありますか?こんな風になっていきたいな、とか。
恐山R:PVを増やすとかそういうことじゃなくて?
──それはそうなんだけど、それを踏まえつつ……。
恐山R:踏まえつつで言うと、ウラロジを「村」にしたい。村化。
──ウラロジ村。
恐山R:仲良しごっこってわけじゃなくて、面白いこととか変な活動をしてる人を探したいときにチェックしたら情報がまとまってるような形にしたいです。ポータル的な。将来的には作家さんの新作とか、お店に新しく入荷した商品とか……ウラロジの記事だけじゃなく、そういう情報もすぐにチェックできるような村メディアにしたい。「ここを見れば好きなものの情報が全部ある」「このサイトに来れば救われる」みたいな。カルト宗教じみてきたけど。
──地下道-3150のときも、居場所がないって感じている人も気楽に過ごせる場所になればいいなってことがコンセプトにありましたもんね。
▲地下道-3150のポスター。「誰もがのびのびと『好きなモノ・コト』を愛せる地下のマーケット」をコンセプトに開催しました。
恐山R:地下道-3150もウラロジ村化計画の伏線のひとつです。私の中では。村っていうか、学園でもいいな。ウラロジ学園。出店者の方が先生で……。
──オタクすぐ学パロはじめる。
恐山R:最近ロジカルシンキングというか、すぐに結果を求める考え方をする人が多いなと感じていて。もちろんそれも大事なんだけど、たまにはプロセスを楽しむやり方に立ち返ってみるのもいいんじゃないかなと。すごい技術をしょうもないことに使っていいはずだし。しょうもないことを真面目に、本気でやってる人とつながっていきたいですね。
──あらゆるジャンルの面白としょーもなを集めていきたいですねえ。
恐山R:いろんな方の活躍の場でもありたいですね。今は「こういう場ですよ」というのを紹介する意味でも私たちが先導していく感じだけど。どんなやべー人間に会えるか楽しみですね、これから。
──第2部から出てくる強キャラの台詞だ。では最後に、読者の皆様に一言お願いします。
恐山R:アイドルマスターシャイニーカラーズをやってください。
著名なアイドル育成シミュレーションゲーム・アイドルマスターシリーズの中の1タイトル、通称シャニマス。リアルなキャラクター造形とストーリー、シナリオの完成度から高い評価を得ています。ちなみに恐山Rさんの推しは杜野凛世さんとのこと。
恐山R:シャニマスは最高。今すぐはじめてください。ほら!!早く!!
──ではどう最高なのかは実際にプレイして確かめていただくということで。今日はありがとうございました!
なお、ウラロジ仙台編集部の紹介インタビューでは凛世のこと「こういうタイプの子を好きになったの……はじめて……」って紹介した カットされる可能性は高い https://t.co/BFaQYc70mv pic.twitter.com/UsWuxuaU80
— 恐山・R・クロフォード (@R_osorezan) December 20, 2022
▲残念ながらお察しの通りカットとなりました。詳しく知りたい方は恐山RさんのTwitterをチェックだ!
インタビュイー:恐山・R・クロフォード
取材・執筆:S